"MASTER SEASONS"より その1

これはとある男女のお話です。

 

……………………………………………………………

 

 今日もいつも通りの時間に起きていつも通りの支度を済ませて部屋を出る。

大学を卒業して3年。すっかり仕事のある生活にも慣れた。

 

「うわっ、寒いなあ…」

 

もう4月も半ばだというのに時々現れる冬の名残。いい加減落ち着いた気候になってほしいものだ。

 

「上羽織っていくか。」

 

1度部屋に戻りクローゼットからジャケットを取り出す。いちいち選ぶのも面倒なので、とりあえず目に入ったものを取り袖を通す。

 

それでもまだ寒い。これは季節の変わり目に風邪をひく人が出るのも無理はない。

 寒さに耐えかねてポケットに手を入れると、指先に何か硬いものが当たった。

 

「ん…?あ……。」

 

入っていたのは銀色のネックレス。あの日からずっとここに…。

 

捨てることも出来ず、こうやって中途半端に取っておいてあるのは僕らしいか。

 

ただでさえ憂鬱な出勤前に更に憂鬱な気分になるのは避けたかったが、これを見てしまっては思い出さざるを得ない。

 

「あれからもう4年か…」

 

 今日は3年ぶりに彼女に会う。地元に帰るのも久しぶりだ。

この日のために買ったジャケット。大学生活の中でセンスが磨かれた…気がする。

 

期待してはいけないとわかっていてもつい気持ちが高ぶってしまう。

自分から別れを告げたが、ずっと後悔していた。

 

あんな些細なことで喧嘩してその勢いでなんて、あの頃は子供だった。

 

今なら想いを伝えることができると思う。

ポケットに、初デートでおそろいで買ったネックレスをお守り代わりに入れて待ち合わせ場所に向かう。

 

冬を感じさせるような少し冷たい風と気温。今の季節はこの公園前のもみじの木々がきれいに色づいている。

 

素敵に飾られたこの場所は、小学生の頃二人でよく遊んだ思い出の場所の1つ。待ち合わせにぴったりだ。

 

「ちょっと早く着きすぎたかな…。」

 

ベンチに座り彼女を待つ。まだ1時間も前だ。

 

……

 

「まだ10分しか経っていないのか…」

 

時間が過ぎるのがとても遅く感じる。そしてそれとともに不安も大きくなる。

 

果たして来てくれるのだろうか?

来てくれたとして、想いを伝えたとして、また関係をやり直せるのか?

 

色々なことを考えて数十分、公園の入り口に彼女の姿が見えた。

 

来てくれた…!どうしよう自分から声をかけるべきか…

で、でもどんな顔をしてどんな言葉を…

 

とっさにうつむいてしまい、そんなことを考えているうちに声が聞こえた。

 

「久しぶり。やっと会えたね。」

 

ハッとして顔を上げる。いつの間に気づいて近くに来ていたのか。

 

「ひ、久しぶり。」

 

今まで話そうとしていたことが全て飛んだ。会話が途切れてしまう。

 

風に揺れる木々の音だけが少しの間僕らを包む。

顔もまともに見れず、視界に入るのは落ちていく木の葉だけ。

 

「隣、いいかな?」

 

そう声をかけられ、とっさに隣の席を手で払う。少し間をあけて彼女が隣に座った。

 

 何か話さなきゃ…でもどんなことを話せば…

 

「ごめんね、待たせちゃったかな…?」

 

「い、いやいやそんなことないよ!久しぶりに帰ってきたからこの辺歩いてみたくて1時間前くらいに着いちゃったけど…」

 

しまった!何言ってんだ僕!

 

「ふふっ…あははっ!」

「初めてデートした時もすごく早く待ち合わせ場所、着いてたよね。懐かしいなあ…。」

 

「そ、そうだっけ…?」

 

初のデートは水族館。そういえばあの時も楽しみすぎて早く着いたっけなあ。

 

「あの日も、バスの時間よくわからなくて~って言い訳してたよね!」

 

「そ、そうだっけ…?懐かしいなあ。」

 

「本当、懐かしいね…。」

 

また会話が途切れる。せっかく彼女が切り出してくれたのに…!

何か、何か話さなきゃ。

 

「こ、この公園も懐かしいよね。よく二人で遊びに来てた。」

 

「うんっ、そうだね。あの時は…ごめんね?」

 

「えっ?何が?」

 

「ほら、私が好きでやってた花壇のお世話。いつも付き合わせちゃってたから…」

 

「あれかあ!僕も好きで一緒にやってたからいいんだよ!」

「まだきれいだねあの花壇。季節によって花が変わるのも昔と同じだ。」

 

「実は私、まだあそこのお世話、続けてるんだ。」

 

「えっ!そうなの?凄いなあ。もう働いているのに。」

 

「近所の人たちにたくさん手伝ってもらってるけどねっ。」

 

「それじゃあ小学校の時のあだ名は健在だね。」

 

「もうっ!からかわないでっ!」

 

楽しい。すごく楽しい。

昔の思い出を振り返っているだけだけどこんなに楽しいなんて。

 

何を話そうか考えていたけど、もうそんなことはどうでもよくなった。

このまま流れに身を任せて、最後に想いを伝えよう。今はこの時間を楽しみたい。

 

昔話は話すにつれてどんどん盛り上がった。このままこの時間がずっと続けばいいのに。

 

「少し歩いてみようか。久しぶりに帰ってきたし、昔の思い出巡りでもしようよ。」

 

そう言って彼女と公園を出る。

通った小学校、水族館に向かうバスが出る、バス停がある通り、高校からの帰り道…

この街には彼女との思い出がたくさん詰まっていた。

 

それぞれの場所で思い出話をしながら、最後に着いたのは近くの海。

水族館で見たイルカを見れないかな、なんて思って2人でよく来ていたなあ。

 

水平線を見つめる彼女の横顔が遠く感じる。そんな彼女の表情を見て、初めて現実を思い知った。

 

思い出はしょせん思い出。昔とは何もかも変わってしまったのかもしれない。

 

大人になった、ってことなのかな。

 

夕日が沈んで夜が来るように、日が昇って次の朝が来るように、僕も次に進まなければいけないのかもしれない。

 

そんなことを思いながら僕も一緒に海を見つめる。日が短い今の季節。沈みかけの夕日が騒がしいくらいの光を放っている。

 

……

 

しばらく海を見つめていた。ふと、彼女がこちらを見ていることに気づく。

 

「どうしたの…?」

 

「う、ううんっ。そ、そろそろ帰ろっか。」

 

来た道を引き返す。さっきまでとは違い、お互いに言葉を交わすことはない。

同じスピードで歩いているつもりなのに時間がとても長く感じる。

 

そのままの空気で待ち合わせた公園の前に着いた。

少し距離をあけてお互い立ち止まる。

 

僕を背にもみじの並木道を見つめる彼女。何を思うかは僕にはわからない。

 

ただ、ここで終わりにしてしまっていいのだろうかと、今まで思い出話で蓋をしていた僕の感情が一気に押し寄せた。

 

伝えたい。たとえ僕の独りよがりだったとしても。

でも、なんて言えばいいんだろう。どんな言葉を選べば…。

 

 

 

待ち合わせたときと同じ沈黙が続く。

先に口を開いたのはまた彼女だった。

 

「そろそろ帰るね。今日は誘ってくれてありがとう。」

 

そう言って、振り返ることなく歩き出す彼女。

 

もう。今しかない。

伝えなきゃ。僕の気持ち。

 

 

「また…またあの夏に帰らないか…!」

 

 

君は止まらない。振り返らない。

 

もっと早く素直になっていればよかったのだろうか。そもそもなんであんな些細なことで喧嘩をしてしまったのだろう。

 

様々な後悔が今更押し寄せる。どれだけ後悔しても彼女の足は止まらないというのに。

 

透き通るような秋風は彼女の髪を揺らし、僕の頬を線状に冷たくした。

 

 

今でも鮮明に覚えている苦い記憶。

会社を休みたくなるほどの負の感情に襲われたが、さすがにそういうわけにはいかないだろう。

 

「ただ、なあ…」

 

大学を出た僕が就職したのは地元の企業。駅までの道のりは思い出した場所とは違えど、過去の恋を忘れさせてくれない程に昔と変わらなかった。

 

更には駅前には花屋がある。このお店は四季の花々をいつも取り揃えているらしく、彼女がお気に入りのお店だと言っていた。今の僕には毒でしかないが。

 

「コスモスにパンジー、この季節にも育てられるんだな…。」

「…ヒマワリも?って、さすがにこれは造花か。」

 

メジャーな花ならどの季節に咲くのかわかるくらいには花の知識がある。言わずもがな彼女の影響だ。

 

『ガタンガタン…ガタンガタン』

 

電車の音で我に返る。もうそんな時間かと思い時計を見るが、まだ到着の時間ではない。どうやら僕が乗るものではないようだ。

 

ホームでおとなしく電車を待とう。思い出を振り返る時間はもう終わりだ。

ICカードのタッチを切り替えのスイッチに改札を通り抜ける。

 

 

 

……なんてうまく切り替えられるわけもなく、ホームに立ち、うつむく。

 

そうパッと切り替えられれば苦労しないんだよなあ。

 

『ガタンガタン…』

 

向こうのホームに電車が到着する。

そういえば彼女、1つ隣の駅が最寄りだったっけな。

 

 

いや、もう思い出すのはやめだ。切り替えなきゃ。

 

 

そう思い顔を上げた僕の目線の先。

 

 

自分を疑った。

 

 

え?そんなまさか。こんな偶然…。

 

 

心とは裏腹に動き出す足。暖かい風が僕の上を通り抜ける。

 

時計はいつも乗る電車の到着時間一分前に、ちょうど針が動いたところだった。

 

…………………………………………………………

 

To be continued…